ドキュメンタリー映画で自分の立ち位置を知る

邦画、洋画問わず日本の映画館では様々なジャンルの映画が上映されています。
アクション映画やSF、恋愛もので非日常の世界をたのしむのもいいですが、本当に起こったことをありのままに映像として記録していくドキュメンタリー映画も観ていて勉強になることが多く興味深いジャンルです。
フィクションの映画でも最近はCGなどを駆使しリアリティーを追及しようとする姿勢が感じられます。
しかし、ドキュメンタリー映画を超えるリアリティーを生み出すことは不可能ではないでしょうか?
例えば、殺人事件が起きたとして、その事件の目撃者が証言をする場面を体験者本人ではなく、俳優が演じたとしたらどうでしょう。その時の恐怖、戦慄、緊張感は本人にしか感じることができなかったことです。もし証言者の言葉をすべて俳優が覚えて語ったとしても、表情や仕草、声の抑揚や体毛の逆立つ感じなどに本当の心情を表わすことは不可能なのではないでしょうか?
ドキュメンタリー映画には人や物、動物の日常の姿が淡々と映しだされています。そこには誇張や演出など無く、鏡に映った対象物は国や環境は違えども同じ本質を持っていて、笑い、泣き、怒り、そして他者を愛し傷つけ癒すこともできます。今の私たちを映し出す鏡といってもいいでしょう。フレーム越しに見る人物の苦悩を自分の人生と重ね合わせることで共感を得、いとおしさを感じ、心を揺さぶられるのです。
自分には近すぎてみることができなかった物事も、他者のリアルな生活をカメラ越しに見ることによって、自分に立ち返る気付きを与えてくれます。
世界の裏側では、日々私たちの知らない様々な出来事が起こっています。ドキュメンタリー映画はそんな私たちにこれでもかと真実を突きつけてきます。
戦争や芸術、食や宗教など様々な分野で映し出されているキュメンタリー映画、観る人それぞれが独自の目線で解釈できるのも魅力の一つではないでしょうか?